メッセージ:2016年7月〜9月  

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関西フィル第276回定期(2016/7/15)
『トリスタンとイゾルデ』第3幕(演奏会形式)によせて

−飯守泰次郎−

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弁天町オークホールで連日のリハーサル
弁天町オークホールで連日のリハーサル

飯守泰次郎です。 7/15は、関西フィルとの演奏会形式によるオペラ上演シリーズで、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』第3幕全曲を指揮いたします。

関西フィルとは、ドイツ・ロマン派オペラの流れを中心に、演奏会形式でオペラを演奏してきております。
1998年の『コジ・ファン・トゥッテ』から始まり、『魔笛』、『フィデリオ』、『魔弾の射手』、『ナクソス島のアリアドネ』、その後バルトークの『青ひげ公の城』、ツェムリンスキーの『フィレンツェの悲劇』を経て、 2009年の『ワルキューレ』第1幕からは、ワーグナーの楽劇に継続して取り組んでいます。『トリスタンとイゾルデ』第2幕(2010年)、『ジークフリート』第1幕(2011年)、『ワルキューレ』第3幕(2012年)、『ジークフリート』第3幕(2014年)、そして本日7/15は、いよいよ『トリスタンとイゾルデ』第3幕です。

連日のリハーサルの様子は、関西フィルのホームページの「ニュース&トピックス」で詳しくレポートされていますので、ぜひご覧いただければと思います。

『トリスタンとイゾルデ』は、きわめて哲学的、心理的な深い内容をもっています。人間の内面の最も深いところにある “愛”を、『トリスタンとイゾルデ』ほど深く掘り下げた作品はありません。 この作品が与えた衝撃は音楽の世界にとどまらず、文学、美術にも及びました。 男女の愛に関するこれほど美しい作品が他にあるでしょうか。

特に第3幕は、イゾルデの到着を迎えるためにトリスタンが包帯を引きちぎって歌う最期の絶唱、到着したイゾルデを前に「ああ、イゾルデ!」と歌ってこと切れる場面、そして全曲のフィナーレとなる有名な「イゾルデの愛の死」、とすべてのワーグナー作品の中でも最も素晴らしい音楽の数々が含まれています。

会場を埋めつくす大オーケストラと歌手陣
会場を埋め尽くす大オーケストラと歌手陣

関西フィルとは、2010年に演奏した第2幕に続いてようやく第3幕が演奏できるということで、歌手もオーケストラも一層熱が入っております。

この幕のトリスタン役は、ワーグナーの主役を務めるヘルデン・テノールの中でも最も高い要求がされる役柄のひとつであるといえます。二塚直紀さんは、以前に『ジークフリート』のミーメできわめて素晴らしい歌唱をしてくださり、今回さらに全力でトリスタンに臨んでくださっています。
イゾルデの畑田弘美さん、マルケ王の片桐直樹さん、ブランゲーネの福原寿美枝さんは、この関西フィルのシリーズでこれまでも大役を務めてくださっている、私が非常に信頼する方々です。クルヴェナールの萩原寛明さんも、この幕では大切な役どころです。

この作品に寄せる私の特別な思いについては、以前、私が『トリスタンとイゾルデ』全曲を指揮した直後に記した文章を、改めて以下に掲載させていただきます。
皆様のご来場を心からお待ちしております。

「ワーグナーが、一生をかけて追求し、すべての作品に共通しているのが、男女の愛の問題であり、そして終末と救済の問題です。
中でも『トリスタンとイゾルデ』は、男女の愛の問題に非常に的を絞った作品であるため、ロマンティックなラヴ・ストーリーとして受け取られることも少なくなく、それもまた一つの見方といえるでしょう。

『トリスタンとイゾルデ』においてワーグナーが行ったことは、音楽的にも文学的にも、“愛”というテーマについての史上まれにみる大きな問題提起です。恋愛至上主義と片付けることは到底できない、“愛”をめぐる深い思想、哲学、ひいては世界観を問う作品なのです。

作曲当時のワーグナーの思想背景にあったといわれるショーペンハウアーの厭世哲学、キリスト教的な死による贖罪、さらには政治的な問題など、さまざまなことを読み取ることが可能であり、極言すればこの作品にはすべての問いが隠されているとさえいえるかもしれません。

経済、技術、すべてが著しく発展を遂げたこの現代社会にあって、『トリスタンとイゾルデ』の核心をなす男女の愛の問題は、古めかしく感じられるかもしれません。しかし、そこにひとつの非常な危機が隠されているように思われるのです。いま、“愛”の問題は、実はいっそう大きな問いとして浮き彫りになっているのではないでしょうか。 ワーグナーがこの作品で問いかけたことは、この現代においても決して解決されるどころか、ますます強く私たちに迫っているのです。」

 
飯守泰次郎

 

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東京シティ・フィル ブルックナー交響曲ツィクルス最終回
〜交響曲第9番(第299回定期演奏会 2016/7/5)に向けて
 その2
−飯守泰次郎−

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飯守泰次郎です。 いよいよ本日、東京シティ・フィルとのブルックナー交響曲ツィクルス最終回の本番を迎えます。

コンサートのプログラム冊子に寄せて以下の文章を執筆しましたので、ホームページをご覧くださる皆様にもぜひお読みいただければと思います。 これまで東京シティ・フィルとブルックナーの交響曲を演奏してきた記録もプログラム冊子に掲載されるとのことで、あわせてこちらのホームページからもご覧いただけるように掲載いたします。

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「ごあいさつ〜ブルックナー交響曲ツィクルス最終回に寄せて〜」
(東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団第299回定期演奏会 〜2016/7/5公演プログラムに掲載)

「ブルックナー交響曲ツィクルス」の最終回を迎えるにあたり、皆様に心から御挨拶申し上げます。

東京シティ・フィルと私は、約20年をかけて、古典派、ドイツ・ロマン派から後期ロマン派を経て国民楽派へ、という時代の流れに沿い、様々な作曲家に、ツィクルス、またはそれに近い形で体系的に取り組んでまいりました。
すなわち、2回のベートーヴェン全交響曲ツィクルスをはじめ、ハイドンのロンドン・セットや、ブラームス、メンデルスゾーン、シューベルト、シューマン、チャイコフスキーの全交響曲、ワーグナー、マーラー、R.シュトラウスの主要作品などに共に集中してきたことは、私たちにとってかけがえのない貴重な道のりとなりました。

その中でも特にブルックナーの交響曲は、ひとつの大きな柱であり、たゆまず演奏を重ねてまいりました。
2012年の桂冠名誉指揮者就任を機に、改めて毎年1曲ずつ、第4、5、7、8番に取り組み、いよいよ本日、第9番を演奏いたします。 ブルックナーの最後の作品であり、生涯にわたる創造の真髄を示す至高の音楽であることは、もはや言うまでもありません。

ブルックナーは、第9番の作曲に9年間にわたり悪戦苦闘し、この交響曲を完成できないのではないか、という不安に常に襲われていました。何とか完結できるように、と彼は神に毎日祈りましたが、ついに健康と精神力の限界に至りました。「未完に終わった場合は第4楽章に代えて『テ・デウム』を演奏するように」とは、作曲家自身の遺言です。

完成された最後の楽章である第3楽章の冒頭は、ヴァイオリンがいきなり9度跳躍してすぐ短2度下がり、さらに1オクターヴ落下するという、これはまさに現世の苦しみを表しており、それがやがて厳かなドレスデン・アーメン(上行型のアーメン)で浄化されていきます。これほど深遠で天国的な音楽は、ブルックナーの他のどの作品にもありません。これに続く楽章を作曲家がついに完成できなかったことは、一種の必然性があったのかもしれない、と私には思われるのです。
このツィクルスを締めくくるには、このアダージョこそやはりふさわしいと考え、「テ・デウム」は交響曲の前に演奏することといたしました。

東京シティ・フィルとの数々のブルックナーの経験、そして東京シティ・フィル・コーアとの長い共演の集大成として、本日のプログラムこそ最もふさわしいものであり、精魂込めて演奏いたします。
ブルックナーの音楽の偉大なる有機性と内容を、皆様の心に深くお伝えし、共に分かち合うことこそ、私の変わらぬ願いであり喜びです。

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飯守泰次郎&東京シティ・フィル ブルックナー交響曲全演奏記録
(曲名の後の【 】内の英数字はCD番号。詳細はDiscographyご参照)

1998/5/28 第123回定期演奏会(サントリーホール)
グルック:「タウリスのイフィゲニア」序曲
シューマン:ヴァイオリン協奏曲ニ短調(ヴァイオリン:和波たかよし)
ブルックナー:交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」 【*FOCD9130】

1999/2/15 第129回定期演奏会(サントリーホール)
ヴィヴァルディ:「四季」より『春』『冬(ヴァイオリン:大谷康子/チェンバロ:飯守泰次郎)
ブルックナー:交響曲第7番ホ長調 【*FOCD9133】

2001/1/18 第147回定期演奏会(東京文化会館)
モーツァルト:ヴァイオリン、ヴィオラのための協奏交響曲
           (ヴァイオリン:植村菜穂/ヴィオラ:清水直子)
ブルックナー:交響曲第3番「ワーグナー」ニ短調 【*FOCD9149】

2002/5/23 第159回定期演奏会(東京文化会館)
シューベルト:交響曲第5番
ブルックナー:交響曲第4番「ロマンティック」変ホ長調

2002/10/10 第162回定期演奏会(東京文化会館)
ブルックナー:交響曲第5番変ロ長調

2003/1/9 第166回定期演奏会(東京文化会館)
モーツァルト:フルート協奏曲第2番(フルート:瀬尾和紀)
ブルックナー::交響曲第6番イ長調 【*FOCD9211/2】

2003/6/13 第170回定期演奏会(東京文化会館)
モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番イ長調(ピアノ:広瀬悦子)
ブルックナー:交響曲第7番ホ長調

2003/11/6 第173回定期演奏会(東京文化会館)
ブルックナー:交響曲第8番ハ短調

2004/3/23 第177回定期演奏会(東京文化会館)
シューベルト:交響曲第7番「未完成」
ブルックナー:交響曲第9番ニ短調

2009/8/11 フェスタサマーミューザ KAWASAKI 2009 (ミューザ川崎シンフォニーホール)
ブルックナー:交響曲第7番ホ長調

2012/5/16 第259回定期演奏会(東京オペラシティ)
〜ブルックナー交響曲ツィクルス第1回〜
モーツァルト:ヴァイオリン、ヴィオラのための協奏交響曲
(ヴァイオリン:ジェニファー・ギルバート/ヴィオラ:ハーヴィ・デ・スーザ)
ブルックナー:交響曲第4番「ロマンティック」変ホ長調

2013/4/19 第268回定期演奏会(東京オペラシティ)
〜ブルックナー交響曲ツィクルス第2回〜
モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番ハ長調(ピアノ:菊池洋子)
ブルックナー:交響曲第5番変ロ長調

2014/4/15 第278回定期演奏会(東京オペラシティ)
〜ブルックナー交響曲ツィクルス第3回〜
ブラームス:運命の歌 作品54(合唱:東京シティ・フィル・コーア)
ブルックナー:交響曲第7番ホ長調

2015/5/9 第289回定期演奏会(東京オペラシティ)
〜ブルックナー交響曲ツィクルス第4回〜
ブルックナー:交響曲第8番ハ短調

2016/7/5 第299回定期演奏会 (東京オペラシティ)
〜ブルックナー交響曲ツィクルス最終回〜
ブルックナー:テ・デウム(ソプラノ:安井陽子/メゾ・ソプラノ:増田弥生
/テノール:福井敬/バリトン:清水那由太/合唱:東京シティ・フィル・コーア)
ブルックナー:交響曲第9番ニ短調

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飯守泰次郎

 

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東京シティ・フィル ブルックナー交響曲ツィクルス最終回
〜交響曲第9番(第299回定期演奏会 2016/7/5)に向けて
その1
−飯守泰次郎−

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ブルックナー交響曲第9番第1楽章のリハーサル 写真:(C)高関健
ブルックナー交響曲第9番第1楽章のリハーサル〜
写真:(C)高関健

飯守泰次郎です。 東京の暑さも厳しくなってまいりました。東京シティ・フィルとのブルックナー交響曲ツィクルスを締めくくる第9番のコンサート(7/5)に向けて、連日リハーサル中です。

このツィクルスは、私がシティ・フィルの桂冠名誉指揮者に就任した2012年から始まり、年に1曲ずつ、交響曲第4番、5番、7番、8番、と回を重ね、いよいよ今回、第9番を演奏いたします。コンサートの前半には、ブルックナーの「テ・デウム」を演奏いたします。

ブルックナーは、長く教会のオルガニストを務め、多くの宗教音楽を書いていましたが、40歳を超えて突如、交響曲を次々と書き始めました。それらはいずれも長大で、しかも晩年に向けて規模はますます巨大になっていきました。

ベートーヴェンの最後の交響曲が「第九」であったことから、ブルックナーは、自分は交響曲第9番を完成できるだろうか、と不安に苛まれながら、第3楽章まで書き上げました。そして第4楽章のスケッチのみを遺し、この作品は永遠に未完のままとなったのです。

深い信仰の中に一生を送ったブルックナーにとって、作曲するという行為は、おそらく神との対話そのものだったのだと思います。
後期ロマン派の当時の音楽はすでに、ワーグナーに代表されるように劇的な方向に進んでいました。しかし、ブルックナーの交響曲は、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンからシューベルトへ、という古典的な純音楽の流れの到達点に位置しています。劇や文学と結びつく音楽ではない、純粋に抽象的な内面の音楽として交響曲を書いた最後の作曲家が、ブルックナーなのです。

ブルックナー交響曲第9番第1楽章のリハーサル 写真:(C)高関健
写真:(C)高関健

ブルックナーは、第9番の第4楽章が完成できなかったときは代わりに「テ・デウム」を演奏するように、との言葉を遺したとされています。

安井陽子さん、増田弥生さん、福井敬さん、清水那由太さん、という、望みうる最高の独唱陣を迎え、私と東京シティ・フィルと長い共演を重ねて理解しあえる合唱団である東京シティ・フィル・コーアとともに、ブルックナー最高の宗教作品である「テ・デウム」を演奏できることを、幸せに思います。

1日目のリハーサルに、シティ・フィルの常任指揮者の高関健さんがいらして、愛用のカメラで私の写真を撮ってくださいました。高関さんは素晴らしい指揮者ですが、写真家としてもこのような素晴らしい腕前をお持ちであることは存じ上げませんでした。やはり指揮者が指揮者を撮っただけあって、音楽の流れが伝わってくる写真であることに驚いています。

明日は、ツィクルスを締めくくるにふさわしい大曲2曲のコンサートです。皆様のお越しを、東京オペラシティで心よりお待ちしております。

 
飯守泰次郎

 
 
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